「石を投げられて痛くても我慢しろ気にするな」って聞こえる

定期購読しているnoteで紹介されていた記事。

 

president.jp

 

プロレスラーの木村花さんが亡くなられたこと、彼女がSNSでの誹謗中傷に悩んでいたことについて、こんなことを言う人たちがいて驚いている。

 

「亡くなったのはかわいそうだけど、アンチがいるのは注目されている証しと考えてほしかった。ネットの言葉なんて無視すべきだと思う」 

 

記事によれば、亡くなられた木村さんは多い時で一日に100件もの誹謗中傷を受けていたそうだけど、毎日毎日こんなにたくさん誹謗中傷されて無視できるものだろうか。

もし私なら1件でも無視なんてできないし、少なくとも数日間は立ち直れなさそうだ。

 

「知らない人にきついこと書くのはよくあることですよね。ネットの書き込みは気にしすぎるとキリがないと思う。若いし、かわいそうだったけど、気にしなかったらよかったのにとは思いました」

 

知らない人にきついことを書くのって、よくあること?

 

私は知らない人どころか知っている人にも、きついことは言わないようにしている。

自分がきついことを言われるのは嫌だし、たとえそれが自分にとって必要なことでも、きつい言い方だとつい反発したくなってしまうことがあるから。

なので、相手に何かを伝えるとき言い方は気をつけるようにしている。

 

そして「気にしすぎるときりがない」「気にしなかったらよかった」

というけれど、毎日毎日あれだけ叩かれて気にしないでいられるかな?と思う。

 

このお二人の言葉を見ていると、悪いのは誹謗中傷した人たちなのに、まるで木村さんに非があるかのように聞こえる。

 

この記事を読んでいたら、プラスサイズモデルの吉野なおさんの記事を思い出した。

 

gendai.ismedia.jp

 

吉野さんの使う言葉や物の例え方が好きでよく読むんだけど、この記事の中に今回のことに通じるなと思うことがあったので引用したい。

 

よく太っている人に対して、「デブが嫌なら痩せれば?背の高さとかはどうにもできないけど、デブはただの甘え」と言う意見を見るし、以前は私自身もそう思っていた。でも、今思うとそれらの発言は「嫌な思いをしないようにお前が変われ」つまり、「いじめられる方に問題がある」と言っているのと同じことだ。

そういうことは、自分で思うのは自由だけど、他人には言ってはいけない言葉だと気付いていない人がかなり多い。
石を投げつけられないようにしろ、ではなくて、石を投げないで欲しい。

 

 あのお二人の言っていることは、「石を投げられても気にするな」ということではないだろうか。

「痛いかもしれないけど、有名人なんだからそれくらい我慢すれば?」

「当たらないように、よけ方を覚えなよ」

そんな風に聞こえてしまう。

 

もし、どんな容姿でも揶揄せず、尊重しあえる社会だったら、間違いなく、もっと生きやすい人たちがいたはずだ。他人に何を言われても鋼の心で強く生きられる人もいるけれど、そもそも他人に言葉の石を投げる人がいること自体、間違っている(大事な事なので2回目)。自分の容姿に悩む彼女たちは、悪しき社会風潮による傷つきの被害者でもある。

 

「他人に言葉の石を投げる人がいること自体、間違っている」

私も同感だ。そして、ここでいう言葉の石とは誹謗中傷のことを指すと思う。

誹謗中傷をされて苦しんでいた人に「気にしなければよかったのに」なんて口が裂けても言えないし言いたくない。

 

余談だけど、私は子どもの頃に雪玉を投げられた経験がある。

数人に投げられたから、うまくよけられなくて何個も何個も当たった。

言っとくけど痛いよ?気にせずになんていられないよ。