余計な情報を入れないことや無駄に反応しないことを学びたい

ある有名人と餃子店との騒動に関する情報やツイートを見てしまったことがきっかけで、ネットを見るのを止めて気分転換に読み始めた本にもなかなか集中できないくらい気分が悪くなってしまった。

書いていて自分でも変だと思うのだけど、私は他人が言い争っているのを見たり誰かが怒られているのを見たりすると、まるで自分が攻撃されたり怒られたりしたかのようにイライラしたり落ち込んだりしていまうことがある。

 

そして一度そうなってしまうと、なかなか気持ちを切り換えることが出来ず、翌日まで引きずってしまったり眠れなくなったりする。

それは日常生活だけではなくネットを見ていても同様で、例えばTwitterのリプや引用リツイートで互いに罵倒しあっていたり、誰かのツイートに対して悪意のあるリプや引用リツイートがされているのを見てもそうなってしまう。

なので、そういう内容はなるべく見ないようにしていたのだが、騒動の経緯を知りたいと思い様々なWebサイトやTwitterのアカウントを見ているうちに、見なくてもいいものまで目に入れてしまい勝手に気分を害しているのだから世話がない。

 

今回のことでTwitterは楽しいけれど自分の目に入れる情報は意識して選んだ方がいいと改めて思った。

私はTwitterそのものを否定するつもりは全くない。けれど、暇さえあればTwitterを見ることは私にとっては良くないので利用の仕方を見直そうと考えていたところで読んだnoteがこちら。

 

note.com

 

情報過多だと傷つく情報も入ってくるし、好きなこと(夢中になること)が無い人は些細な隙間時間でも他人の事ばかり興味や関心の矢印が向いている。

 

ここを読んで、私のメンタルが不調になる一因が見つかった気がした。今後はメンタルが不調だなと感じたら、他人の事ばかりに興味や関心が向いていないか今一度チェックすることにしよう。

 

また、今回の件では参考になる記事を見つけた。

 

toyokeizai.net

 

ひとつは「心の状態を理解する」という心がけ――“瞑想タイム”のススメです。まずは、デスクの前でも、電車の中でも、目を閉じて「心を見つめる」時間を作ります。

そして、「怒り」を感じているときは、胸のあたりを見つめて「怒りが湧いている、怒りがある」と、冷静に理解するようにします。仕事で大きなミスをしてしまって、かなり動揺したときには、「動揺しているな、落ち込んでいるな」とありのままに理解します。

大事なのは、このとき「腹を立ててはいけない」とか「動揺してはいけない」と「否定」しないことです。そのために、アタマの中で「怒りがある」「動揺している」と客観的に“言葉で”確かめるとよいでしょう。

こうして、「心の反応を理解する」にとどめて「それ以上に反応しない」ように心がけるのです。最初は難しく感じるかもしれませんが、だんだんできるようになります。

 

このくだりを読んで、過去に瞑想をしようとして上手くいかなかったのは否定していたからだと思った。腹を立ててはいけないと思うから、そうできない自分を責めて嫌な感情があふれてしまい集中できなくなってしまっていた。「だんだんできるようになります」という言葉を信じて挑戦してみるのもいいかもしれない。

 

また記事には、ブッダがある宗教家に面と向かって誹謗中傷や悪口を言われた際のエピソードが記載されているが、これが面白かった。

 

普通なら「何を言うか」とムキになって口論が始まるところです。気弱な人なら相手の言葉に傷ついたり落ち込んだりするかもしれません。ですが、ブッダは反応しません。感情を上げもせず、下げもせず、“超クール”にこう返したのです。

「あなたが家で客人に差し出した食事を、もしその客人が食べなければ、その食事は結局あなたのものになるだろう。それと同じように、私はあなたが差し出した悪口を受け取らない(食べない)。その悪口は、差し出したあなたのものだ。そのまま持って帰るがよい」

こうなると、相手は黙り込むしかありません。ブッダの意図は「ムダに反応せず、心をクリアに保つことが何より大事なこと、だから何を言われても反応しない」ことにありました。「相手を打ち負かす」ことより「相手に反応しない」ことが最高の勝利と考えたのです。

 

仮に自分がこんなことをされたら、少なくとも数日間は引きずってしまい立ち直れない気がする。何か言われてもそれを受け取るか受け取らないかは自分で選べるのに、まるで選べないかのように受け取ってしまうのだ。また、どうでもいいような小さなことにも反応してしまって、その日一日を台無しにしてしまうこともよくある。

他人の言動に無駄に反応しない技術、ぜひ身に着けたいものだ。